ポケベルのサービスが廃止になる、というニュースが流れました。何十万人ものユーザがいるネット上のサービスが廃止になってもネットニュースの片隅で終わりますが、高々1500人ほどと聞く「アクティブユーザ」数のポケベルの場合、マスコミ各社も取り上げて結構な話題になっていましたね。やはり、昔ポケベル使っていて記憶に刻みこまれている人が多かったせいなのでしょう。営業ツールのポケベルに「こき使われた」オヤジ層(ポケベルが本来ターゲットにしていた人々)も居れば、当初予想されていなかった「ヘビーユーザー」層であった女子高生(だった)人々も皆一様に「廃止になる」ニュースに接し、昔を思い出し、懐かしんでいるような気がします。私個人も「ヘビー」ではないですが一応ユーザではあったのですが、直ぐに携帯に乗り換えたのでポケベル持っていた期間は短くてポケベルそのものへの思い入れは小さいです、すみません。しかし、ポケベルと言って思い出しますのは”POCSAG”です。POCSAGって何と思われたら、今日はちょっと個人的な思い出にも浸りながら消えゆく部品を偲びたいと思います。
“POCSAG”とは、変な名前ですが、ポケベルの無線通信のプロトコルの名前です。変調方式とか周波数とか詳しいことを知りたい方はWikipediaでも検索してください。部品屋的に言えば「プロトコル」では金にならないので、そのプロトコルを受信するためのチップやチップの中の部品のことをPOCSAGと呼んでいたのです、その頃は。爆発的にポケベルが普及したので、当時はあちこちで大量に製造されたんじゃないでしょうか。今から思えば、その後の携帯電話の普及の露払いというか、地ならしをしていた時代だったように思えます。
実を言えば、ポケベル最盛期のころ私はポケベルなどの製品にはまったく関わっていませんでした。もっと高級なと言えば聞こえは良いですが、ポケベルほど数が出ない製品にかかわっていました。ごくわずかな期間に、それも片手間ではあったのですが、POCSAG を担当することになってしまいました。既に携帯電話が全盛期に入った21世紀も初頭のことです。ポケベル用のPOCSAGなどまだ作っていたんだ、という感じ。営業の人に聞いたら「まだ病院とかで細々と使われている」という話でした。もう新規の設計などしていないので、技術的にやることなどありません。ある「大人の事情」でPOCSAGの権利関係を始末する、というのが仕事でした。半導体業界、網の目のように「ライセンス契約」が存在します。お金を払ったり、貰ったり、相殺したりというようなことは日常茶飯事で行われています。このときは、そろそろ生産中止も近そうな製品だけれど、今すぐに止めるとお客さんに迷惑がかかるので、何時でも止められるようにあと腐れをなくしておく、といった感じでした。
新製品を出す、などというのは華々しいですが、製品を止めるのも一苦労なのです。部品屋はよく「ディスコン」という言葉を使います。あるいはEOLとも。End Of Lifeと綴るとどぎつい感じですが。部品を買ってくださるメーカがいるから部品の製造があるわけで、当然、部品の値段よりそれを組み込んだ製品の値段の方がずっと高いのが普通です。部品屋からすると、あんまり数が出なくなってしまったし(以前、部品屋は数次第という話を書きました)単価も安くなっているから、もうそろそろ止めたいな(そしたらその分、新しくて儲かる商品にリソースを転換できるよね、多分。。。)などと不埒なことを考えるわけです。しかし、部品を使っているお客さんからすると、その部品が無くなるとまだ売れている単価の高い商品が作れなくなって大損だ、どうしてくれる!ということになりかねないわけです。ですから、昔の日本の半導体会社では、通例、かなり時間(年単位)をかけてお客さんと話あって、ようやくディスコンにする、というのが普通でした。外資系では半年前にディスコンの通知をするという契約になってるもんね、とばかり「ラストバイ」の通知一本でドライに切るところも多かったですが。
そんなこんなで、POCSAGの件は、ディスコンに進む前段階の準備みたいなものでした。その後もしばらくは売っていたらしいですが、最後は知りません。でも、それを作っていた製造工場自体無くなって久しいので、十年以上前にディスコンになっていた筈。2018年の今までPOCSAG搭載のチップを作りつづけていた会社も無さそうなので、東京テレメッセージ、最後はどこから調達していたのでしょうか。業界には「ディスコン」製品の在庫を半導体会社から安く買い取って、どうしても古い部品が必要なお客さんに少しづつ販売する(当然、在庫リスクや金利分もあるのでディスコン前より高くなる筈)ビジネスモデルの会社も存在するので、そんなところから調達していたのでしょうか。無くなるだろう、ということでちょっと関わってから確実に15,6年。POCSAG、まだ電波がどまる日まで、もうしばらく動き続けるのですね。お疲れだけど、まだ少し頑張って、と言いたいです。R.I.P.というのは、ちと気が早かったか。