連載小説 第55回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。食生活の変化で私の見事な肉体は更に水平方向へ成長しつつも、同期の工作君とトム君とも一緒に毎日忙しくやっています。Appleの青井倫吾郎さんとは、メキシコ料理の情熱ナイトを経て、ステキな進展が?

 

 

第55話 Eclipse Project

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の11年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。美味しい食事の連続で、私の見事な肉体(笑)は水平方向へ更に見事な成長をとげつつありましたが、アップル・コンピュータにお勤めの青井倫吾郎さんとはメキシコ料理の情熱ナイトを経て、婚約発表も間近?マジか?

 

 

「ねえ、舞衣子」

「なあに、倫ちゃん」

突然ですが、私たちは、こんな風に呼び合う感じに変化しておりました。つい、先日まで、舞衣子さん、とか倫太郎さんとか呼び合っていたのですから、ちょっとびっくりですよね。でも、メキシコ料理とテキーラの威力は発揮されたのでした。ステキです。ええ、ステキなご関係にご発展しちゃったのでした。ありがとうございます。

で、倫吾郎さんは言いました。

エクリプスって知ってる?」

日曜日の朝、半熟の目玉焼きとレタスとトーストを頬張り、ひとしきりカフェオレを頂いていた最中のことです。

「エクリプスね。あまり普段使わない単語だから、何となく聞いた事があるような気はするけど、意味はちょっと・・・」

「だよね。ボクも最近知ったんだけど、Eclipseは日食だって」

「ああ、日食ね。あたりが暗くなるヤツね」

「見た事ある?」

「ないない。子どもの頃、日本で部分日食を観た事はあるけど、暗くなるのはないわよね」

「ボクもだよ。よくテレビや映画に出てくる日食って真っ暗になるでしょ?」

「うん」

「あれは、皆既日食(Total Eclipse)だから、めったに見られないらしいよね」

「身近で見たって話も聞いた事がないよね」

「そう。でもね、近々、皆既日食が起こるんだよ、舞衣子」

「え、そうなの、いつ?」

「7月11日なんだって」

「え、あと3ヶ月だよね。だったら、ニュースとかで言ってそうじゃない。何でテレビとかに出てこないの、その話?」

「それがね」

「それが?」

「ここでは見られないからなのです」

「なんだ」

「この辺は皆既日食の通り道じゃないからね」

「って事は?」

「世界を旅しないと皆既日食には出会えないんだよね」

「なんだ。そういう事か。人騒がせね、倫ちゃん」

「でもでもね、舞衣子、旅すればいいんだよ」

「どこへ?」

「San Jose del Cabo」

「どこそれ? San Joseならここだよ」

「San Jose の後にdel Caboがつくんだよ。バハ・カリフォルニアだよ」

「カリフォルニアならここでしょ」

「バハがつくんだよ」

「色々つくのね」

「ああ」

「っていうか、倫ちゃん、それどこなの、早く教えてよ」

「はい、すみません。それは、メキシコのバハ・カリフォルニア半島の先端のSan Jose del Caboなのです」

「メキシコか。でも、隣国だからそう遠くないね。地図見てみようよ、倫ちゃん」

「地図ある?」

「どっかに世界地図帳があったような・・・?」

「探そう」

さてさて、“何やってんのこの二人、早くGoogle Map 見ればいいじゃないか” と思われる方も多いかと思いますが、時は1991年4月。Google Mapなんてありません。そもそもGoogleもありません。もっと言えば、インターネットさえも一般に使えるものとはなっていませんでした。なので、地図帳だけが頼りの時代です。

「えっと、あったあった、これだ高校の時の地図帳。日本から持ってきて良かった」

「物持ちがいいよね、舞衣子は」

「大事な物はね、うふっ。えっと、メキシコ、メキシコと・・・。あ、あったあった。半島の先端あたりよね。ここだ、サンホセデルカボ」

「そこだ」

「へえ、ここにいる人たちは皆既日食が見えるのか」

「行かないか、舞衣子?」

「え、メキシコ行くの?」

「うん」

「そっか、行けばいいのか。行けば見られるんだね。いつだっけ」

「7月11日だよ」

「えっと、7月11日だから、独立記念日の一週間後・・・木曜日だね。休み取れるの、倫ちゃん?」

「舞衣子が取れるなら、取る!」

「そっか、じゃ、私は倫ちゃんが取るなら取る!」

「舞衣子が取るなら、取る!」

「倫ちゃんが取るなら、取る!」

「取る?」

「取る」

「じゃ、行こう、舞衣子!」

「行こう、倫ちゃん!」

という訳で、私たちはそれぞれ会社の休みを取ってバハ・カリフォルニア半島先端へ行くという計画を立て始めました。Eclipse Projectです。

お付き合いを始めて改めて分かったのですが、倫吾郎さんは色々な事に興味を持つ人で、つまり好奇心旺盛な人で、楽しそうな事をどんどん見つけてくるのです。好奇心旺盛さについては私も人後に落ちないと思っています。お互いに面白そうな事には目がありません。ですので、私なら普通は、この手の皆既日食的な話はどこからか仕入れてくるはずなのでしたが、まあ、インターネットもまだ普及していない時代ですから、抜け落ちもあります。

日食というのは、地球上のどこからでも見える訳ではなく、特に皆既日食となると、ごく限られたエリアで限られた時間しか起こりません。今回見られるのはバハ・カリフォルニアの先端のエリアだけなのです。正確に言うとハワイ近辺の一部エリアでも2分程度観測できるようでしたが、ハワイでは朝方の時間帯なので、太陽高度は低く観測には向かないとのこと。あとは、地球の地図を帯状にたどるエリアですが、殆どは海上です。人の住むところでの皆既日食はホントに稀にしか起こりません。今回、バハ・カリフォルニアの先端で観測できる皆既日食は近年の中ではかなり時間が長く7分程度続くということでした。しかも、正午近くの時間です。また、晴天率の高いエリアなので、折角の日食が雨や曇天で見えないという事もなさそうなのです。こんなチャンスはめったにない。行かない手はない、と確信しました。

フライトを調べてみると、目的地のSan Jose del CaboへはシリコンバレーのSan Jose空港から直行便もあり、3時間程度のフライトで行ける場所なのでした。そうなるとあとはホテルです。これは面白い事になってきました。

「ねえねえ、倫ちゃん、スゴいよEclipse Project」

「スゴいね、舞衣子」

という訳で、次回は皆既日食の体験談をまじえてお話を進めていきたいと思います。

 

 

・・・と意気揚々な私なのでしたが、フライトとホテルはおさえたかって?

・・・それが、えーーー? 全部、満席、満室なのでした。

誰もが考えるEclipse Project。私たちだけじゃなかったんですね・・・。ぴえん。

どうしたら、先端へ辿り付けるの~? 泳いでく????

 

 

 

 

第56話へつづく

第54話に戻る