連載小説 第56回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。食生活の変化で私の見事な肉体は更に水平方向へ成長しつつも、同期の工作君とトム君とも一緒に毎日忙しくやっています。Appleの青井倫吾郎さんとは、メキシコ料理の情熱ナイトを経て、ステキな進展があり、壮大なエクリプス・プロジェクトが始まりましたが・・・。

 

 

第56話 工作君の送別会

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の11年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。美味しい食事の連続で、私の見事な肉体(笑)は水平方向へ更に見事な成長をとげつつありましたが、アップル・コンピュータにお勤めの青井倫吾郎さんとはメキシコ料理の情熱ナイトを経て、壮大なエクリプス・プロジェクトが始まりましたが・・・。同期の工作君には帰任の時期が近づいていました。

 

 

久し振りにトム君と工作君と3人でお食事に来ました。今日は、出張で来ている人もいないし、たまには、日本食以外へ行ってみようか、という話になり、タイ料理店です。タイと言えば、トムヤムクンか?辛いか?と思われる方もいると思いますが、そればかりではありません。私たちはトムヤムクンも頼みましたが、その他にカオマンガイ(鶏肉とジャスミンライス)やらパッタイ(ライスヌードルの焼きそば)等も美味しく頂きました。ココナツミルクのデザートも忘れませんでしたよ、勿論。

 

「工作もとうとう帰任になるなあ」

トム君が感慨深げに言いました。

淋しくなるね。私、泣いちゃうかも・・・」

「ありがとう、舞衣子、そう言ってくれて。でも、もうLiaison Departmentは、二人がいるから安心だし、そろそろボクも次の事にチャレンジするよ」

「日本へ帰ったら、どうなるんだ、工作?」

「どうなるって?」

「どこの部門へ帰任するかって事だよ」

「多分、海外営業だよ。おまえたちのカウンターパートとして復帰さ」

「そうか、そうなったか。それなら、相変わらず仕事は一緒にできるな」

「ああ、おまえと舞衣子とは腐れ縁ってやつさ」

「腐ってないけどな、ははは」

「腐ってませんわよ、うふふ」

SS-Systemsの立ち上げから工作君はもう8年間もアメリカで頑張ってきました。一番の功労者の一人です。一番の人が何人もいるのはおかしい?とお思いかも知れませんが、英語的にはそのように表現しますよね。しかし、いずれにしても、工作君が先駆者としてアメリカ赴任をし、組織を立ち上げ、ビジネスを軌道に乗せてくれた事は間違いありません。先駆者に続くだけでよかった私とトム君がいかに楽だったかを考えると、感謝してもしきれないくらい、工作君は私たちに有形無形の財産を残してくれました。Liaison Departmentのニック君もサム君もケント君も、工作君の事は大リスペクトしていましたね。

「来月には、Departmentで送別会をして、それに赴任者全員でもやんなきゃな」

「SS-Systems全体でもやるべきじゃない? 私、ダニエル社長にも頼んでみるね」

「舞衣子、ありがとう。でもなあ、ちょっと大げさじゃないか?」

「そんな事ないよ、一大功労者なんだから、工作君は。工作君がいなかったら、私たちのSS-Systemsは成り立ってなかったよ」

「そうだぞ、工作。俺も社長に頼むよ、絶対」

「そうか、トム、おまえもそこまで考えてくれるか」

「ああ、任せておけよ。ホテルのボールルーム借り切るぞ」

「おいおい、そこまでしなくていいよ」

「任せとけって、ははは」

「楽しみになってきたね、うふふ」

 

果たして、帰任の一週間前にホテルのボールルームで会社全体の送別会が開かれました。その頃の従業員数は約100名で、工作君は多くの人たちと仕事でもプライベートでも関わってきましたので、ほぼ全員が出席してくれました。

「I’ll miss you, Ko.」

定番の挨拶ですが、みな一様にミスユ-と言っていましたっけ。

全体の会が終わった後で、やっぱもう少し一緒にいたいという事になり、私とトム君と赴任者の何人かで工作君と食事に行きました。

それも終わって、やっぱもう少し一緒にいたいという事になり、結局、トム君と私と工作君の同期三人でファーストフード店へいきました。

「工作、今日は良かったな。みんな来てくれて」

「ああ、SS-Systemsのほぼ全員が来てくれるなんて、思ってなかったよ。幸せ者だな、ボクは」

「ま、おまえの人徳ってヤツじゃないか」

「いやあ、そんなんじゃないけどな」

「いいんだよ、そういう事にしとけって。なあ、舞衣子、君もそう思うだろ?」

「・・・オ・・・」

「どうした、舞衣子」

「・・・エ・・・」

「おい、ヤバいぞ、舞衣子」

「・・・ツ・・・」

「何?」

私は、工作君のアメリカでの8年間を思うと、とってもスゴイ事なのだな、と感じ入ってしまい、来週にはもう日本へ帰っちゃうんだ、と思うと、離れるのがとても残念に思えて、言葉が出ないでいました。・・・・というか、泣いていました。嗚咽です。メソメソするのは女々しいとか言いますが、私も女の子ですから、時にはメソメソしちゃうのです。だって、工作君は同期一押しのイケメンで、かつては心憎からず想った人でもあったのです。

「じゃ、また明日な」

と言って最初にトム君が自分の車の乗り込んでしまった後、駐車場で私は工作君に言いました。

「元気でね、工作君」

「ああ、舞衣子も」

「また明日、会えるけどね、うふ・・・。日本でも元気でね」

「ああ、舞衣子もアメリカで元気でいてくれ」

「私、工作君が日本へ帰る前に言っておきたかったんだけど、・・・彼氏できたんだ」

「え、そうなのか?」

「うん」

「そうか、良かったなあ。だったら、さっきトムもいるところで言えば良かったじゃないか」

「うん、何だか言いそびれちゃって」

「そっか」

「でも、工作君には言えて良かった。トム君にはまたいつでも話せるからさ」

「ああ。良かったよ」

「じゃね」

「おい、待てよ。誰なんだ、その果報者は?

「それは、また話すよ」

「ボクは来週には日本へ行っちゃうぞ」

「うん、大丈夫。いつか、お手紙でも書くよ」

「おい、手紙って・・・」

「じゃね」

そう言って、私は車のドアを開けました。それ以上話してしまうと、また、泣いてしまいそうだったからです。

明日またオフィスで会うのだろうけど、・・・さよなら、工作君。

私たちの一つの時代が終わる気がしました。

 

 

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