<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫太郎さんがソミーヨーロッパへ転職する事になり、私もサイコーエジソンの現地法人があるドイツのミュンヘンへの異動が決まりました。IT環境は、インターネット、電子メール、Windows95と新時代を迎える中、ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。
(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら)
第89話 ミュンヘンの朝
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。
「倫ちゃ~ん。おはよう」
ミュンヘンで初めての朝を迎えました。私たちの住まいは2階にあります。でも、ヨーロッパ的にいうと1階です。何故かというと、日本の1階がヨーロッパでは0階だからなのです。
ま、いいです。その辺のところは、おいおい慣れていくでしょう。ま、いずれにしても、私たちのフラットからは窓から道や庭を見下ろす事になります。朝の光が柔らかで、木漏れ日が綺麗な庭を眺めていると、ヨーロッパだなあ、と感じます。
「ねえ、倫ちゃん、今日は日曜日だから街へ買い物に行かない?」
私は、土曜日に着いたので、その翌日から仕事へ行く必要はなく、土日を過ごしてからお仕事です。なので、ミュンヘンの街へ出かけようと思ったのでしたが、倫ちゃんから思わぬ返答が帰ってきました。
「ダメだよ」
「え、どういう事?」
「ドイツではダメなんだ」
「何が?」
「あててみなよ、舞衣子」
「ドイツではダメって事はアメリカならOKって事?」
「ああ」
「じゃ、日本なら?」
「日本もOK」
「じゃ、おフランスは?」
「おフランスも多分ダメなんじゃないかな」
「え、どういう事?」
「想像力を働かせるんだ、舞衣子!」
「何よ、そんなに力まなくたっていいでしょ」
「うん、まあ・・・(笑)」
「さてさて、日米ではOKで、ヨーロッパではNGな事ね」
「そう」
「まだ、2日目だから分かんないけど、日曜日だからダメって事?」
「そうだよ、舞衣子」
「日曜日は街へ行っちゃダメなの?」
「いや、行ってもいいんだけど」
「じゃあ、電車が動かないとか?」
「それは違う」
「車に乗っちゃ行けないとか?」
「それも違う」
「日曜日はまず礼拝に行かなきゃいけないとか?」
「うん、ちょっと近くなったな」
「日曜日に市場へ出かけって唄もあるよ」
「一週間って唄だね。でも日曜日だっけ?」
「うん、あの唄は日曜日から始まって土曜日で終わるんだよ」
「良く思えてるな、舞衣子」
「うん、確か、ダークダックスが唄ってたもん」
「いや、ボニージャックスじゃないか?」
「そう? ま、いいや」
「うん、ま、いいな」
「だからさ、倫ちゃん、礼拝もあるけど、市場(いちば)へ行けばいいんじゃない?糸と麻とか売ってるステキなマルクトがあるんでしょ?行ってみたいよ、倫ちゃ~ん」
「糸と麻って何だよ?」
「だから、ボニージャックスだっけ?唄の歌詞に日曜日は市場へ出かけて糸と麻を買ってきたって行ってるじゃん」
「おお、そうか」
「日本人なら誰もが知ってる唄でしょ?」
「まあそうだけど、糸と麻までは覚えてないよ」
「そう?」
「ま、いいや。そこで問題ですよ、舞衣子さん。日曜日に市場へ出かけたのはどちらの国のお話でしょう?」
「ロシア民謡でしょ?」
「そうだね。では、私たちは今、どちらの国にお住まいでしょう?」
「ドイツね」
「はい、そこで考えてみましょう。このロシア民謡の歌詞はドイツに適用できるのでしょうか?」
「え、できないの?」
「ああ、できないのだよ」
「何で?日曜日に買い物って世界的に有名じゃん」
「それがドイツでは有名じゃないどころか、全く適用できませ~ん」
「うっそ~?」
「日曜日は安息日なので~す」
「安息してもいいけど買い物もしたいよ~」
「ドイツでは日曜日に買い物ができませ~ん」
「うそ。倫ちゃん、出かけたくないだけなんじゃない?」
「いくらでも出かけますが、買い物はできませ~ん」
「いいよ、じゃ、マルクトへ行ってみようよ!」
私は日米で育ってきましたので、日曜日に買い物をするのは私の中ではごく当たり前の事になっていました。日曜日に買い物ができないなどという事は考えられないのです。だって、お店にしたってかき入れ時でしょ?
私はお出かけの服に着替えて、倫ちゃんと一緒にフラットを出ました。市の中心部へ行くにはいくつかの手段があるという中で、公共交通機関を使って見る事にしました。家の近くにチンチン電車の停留所がある事を発見し、それに乗ってみる事にしました。ミュンヘンでは、日本の路面電車と同じようなものが走っていました。東京でも、今は一路線しか残っていませんが、私が子どもの頃にはまだあちこちで走っていたのを思い出します。
アメリカでも、サンノゼのダウンタウンとサンタクララの北の方を結ぶライトレイルと呼ばれる路面電車みたいなものがありましたが、ちょっと雰囲気が違います。
ミュンヘンでの切符の買い方は少々変わっているのですが、説明しにくいのでやめておきます(笑)。ただし、どのようにすればいいのか分からなかったという理由であっても、きちんと切符を購入してスタンピングをしていないと、厳しい罰則があります。私は倫ちゃんにならって切符を購入しました。一度、手順が分かれば大丈夫です。
さて、私たちが乗ったチンチン電車はイスマニンガー・シュトラッセという道を南へ下り、市の中心部へ向かいました。10分か15分くらい乗車したところで、マルクトの近くにさしかかったらしいので、私たちは下車しました。地図を見ながら、停留所からの道を行くと、そこには大きな広場がありました。それこそが、マルクト(市場)だったのですが・・・。
この続きはまた次回に。