連載小説 第137回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、日本勤務中です。とうとう21世紀を迎えました。我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)、そして日本の産業はどうなっていくのでしょうか。

 

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第137話 半導体工場の追加

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の21年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て日本へ帰任しました。家族は3人一緒でラブラブですよ。うふっ。世界はITバブルの真っ盛り。半導体の売上げもサイコー!・・・だったのですが・・・。

 

売上げ絶好調の時期に追加投資をし、その投資による新ラインや新工場が建ち上がる頃には景気が後退していて製造能力が余ってしまうという事は半導体事業においては、あるあるの出来事です。しかし、一時的に景気後退の波が起こっても、長期的に成長している事業においては、遅かれ早かれその製造能力が必要になるので大きな問題ではありません。

我がサイコーエジソン株式会社もそのような事を繰り返してきました。一番最初に作ったファブは1980年にできた4インチウエファーのラインでした。私たちが入社した年の事です。その後、5インチのライン、6インチのラインと拡張を続け、更に山形県に大規模な工場を建てて8インチのラインまで自前で立ち上げました。

その当時、一つファブラインを立ち上げるのには数100億円から1000億円単位の資金が必要でしたので、さすがに8インチラインが立ち上がった後は、なかなか次の投資に踏み切る事ができずにいました。

そこで考えられたのは、自前で工場を建てず、必要な製造能力は外から調達するという方法です。これには2つのやり方があります。

一つ目は、シリコンファンドリーの手法で外部の会社から必要な分を都度買ってくるという事です。我々自身もシリコンファンドリーで前工程まで終了したウェファーを販売するというビジネスを行っていましたが、その逆で、モノのよっては自分たちが買う場合もあるという事です。

もう一つの方法は、他のICメーカーが所有していたファブラインをそのまま買ってしまい、自分のラインにしてしまうという方法です。それには、やはり大きな投資が必要でしたが、自前で一から工場を建てるという訳ではないので、資金は少なくて済みます。ただし、他社が要らなくなったというラインですから、少々古いラインであったり、技術的に限界のあるラインであったりします。

当時、埼玉県あたりに前工程の製造ラインを持っていたアメリカ資本の某T社が、そのラインを売りに出していました。我がサイコーエジソン株式会社半導体事業部のトップは、それはいい買い物だと判断し、それなりの金額を支払って購入しました。

その投資を決めたのは、1年以上前で、まだまだ売上げも拡大し続けており、イケイケドンドンの雰囲気だった頃です。

技術的にはそれなりに限界のあるラインでしたので、そこで製造できるのはかなりロースペックでも問題のないICに限られていました。当初の目論見では、ロースペックでもよい製品はまだまだ沢山あり、工場が満杯になるだけの受注は見込めるというものでした。

4月のある日、その工場のオープニングセレモニーが行われました。事業部の面々に加えて、営業部の部課長クラスも呼ばれていたので、私も海外営業部のオペレーションの代表として参加しました。

「ねえねえ、トム君、どう新しい職場は?」

私は、同様に参加していたトム君を見つけて、話しかけました。

「おお、舞衣子、それなりに調子出てきたぞ。国内営業も面白そうだよ」

「そうか、それなら良かったよ。最初は海外営業部から離れたくないよ~とか言ってたもんね(笑)」

「ま、慣れれば、どうって事ないな」

「ところで、受注状況はどう? 海外は今はまだ売れてるけど、受注が落ちてきちゃってさあ。7月くらいからは売上げが落ちそうなんだよね」

「そうか、そっちもか。国内はもう売上げも落ち始めてるんだよ」

「やっぱり?」

「ああ、異動早々にこれだもんな。厳しいよ」

「って事は、この新工場、当面フル稼働できない?

「かもな」

「あんまり、微細技術を必要としないロースペックの製品ならいいんでしょ?

「まあ、そうだ。ローエンドの白黒液晶ドライバーICとかな」

「私が見ている限り、この工場で流すICの品番の受注は少ないかなあ」

「国内は、まだそういうICを使ってくれているお客さんもいるんだけど、ここ暫くはお客さんも部品在庫の調整をしてるんで、受注は少なくなってるんだよな」

「ま、今までだと、景気が戻ってくれば結局何とかなってたけど、トム君、どうなんだと思う今回は?」

「うん、分からないけど、厳しいかも知れない」

「どうして?」

「これまでの工場拡張は、技術的に高い方向に向けての製造能力拡大だったから、いずれ活用されるラインだったんだけど、今回はロースペックの工場を買っちゃったからなあ」

「使い道がなくなるって事?」

「まあ、いつどうなるか分からないけど、これまでの拡大路線と違う事は確かだよな」

「そっかあ。ちょっと心配だね」

「そうなんだよ、舞衣子」

「かなりの金額を支払ったんでしょ、アメリカのT社に?」

「うん、XXX億円くらいだって聞いてるよ」

「わお、そんなに?」

「うん」

そんな会話をしているうちにオープニングセレモニーが始まりました。半導体事業部長はそんな状況を知ってか知らずか、意気揚々と

「この新工場は、我々の未来を10倍明るくしてくれます。みんなで新ラインをフル活用しましょう!」

みたいな事を仰っていました。前年の2000年度に過去イチの販売金額を上げた直後の事です。

それを聞きながら、そうだよね、いっぱい注文とって、フル活用だよね! などと思いながらも、私もトム君も、何となく変化しつつあるこの事業の将来をちょっとだけ心配し始めていました。

 

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