<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、日本勤務中。電子デバイス業界の勢力図は大きく変化していきました。台湾や韓国などの新興国が台頭してきたからです。我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)、そして日本の産業はどうなっていくのでしょうか。
(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら)
第145話 トム君は名古屋へ
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の23年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て日本勤務中。家族はラブラブですよ。うふっ。世界はITバブルの真っ盛り。半導体の売上げもサイコー!だったのですが、20世紀と21世紀あたりを境にして状況は変化していきました。
10月の組織変更で、同期のトム君は東京を離れる事になりました。これまで、ほぼ、ず~っと部署が一緒で、勤務地も一緒でいたのですが、とうとう別の場所になる時がきたのです。
「いやあ、舞衣子、またまた転勤だよ。今度は海外じゃないけどな」
「名古屋だってね。聞いたよ」
「シンガポールって話も一時あったんだけどさ、それはなくなっちゃって」
「そっちの方が面白かったかも?」
「うん、アジアの現法は行った事ないけど、面白いかもな」
「暖かそうだしね(笑)」
「シンガポールは季節が3つらしいぞ」
「春夏秋?」
「いや、Hot, Hotter, Hottest なんだってさ(笑)」
「あはは、楽しそうね。トム君向きじゃん」
「でも、別の赴任者で決まっちゃったらしいよ」
「じゃ、仕方ないか」
「おお。ま、俺は名古屋で頑張るよ」
「とうとう、勤務地が別になっちゃったね」
「まあ、長い人生、そういう事もあるだろ」
「うん、そうだね」
「ああ、なんだか、舞衣子と離れるなんてな。変な感じ。遠くなるよな」
「何言ってんの、遠くないよ全然。同じ日本の中じゃん」
「まあ、シンガポールよりは近いか」
「そうだよ。どのくらいかかるんだっけ?」
「Door to Doorで3時間ちょっとってとこかな」
「でしょ。大した事ないよ」
「ああ」
「で、家族はどうすんの?」
「当面、単身かなあ」
「そっかあ。海ちゃんもお子ちゃんも淋しがるね」
「それがさあ、海がまた予想外のプランを立てててさあ」
「どんな?」
「来年の4月から大学へ入りなおしたいって言うだよ」
「へえ、いいじゃん。でも、お子ちゃまはどうするの?」
「うん、2人いるからなあ」
トム君のおうちには可愛い女の子が二人います。5歳と2歳です。上の子は、私のうちの子と同じ年、奇しくも同じ誕生日で、同じミュンヘン生まれです。
「それで、大学ってどこの? 東京?」
「いや、名古屋でって言ってるんだ」
「へえ、じゃ、一緒に住むんだね」
「ああ」
「でも、お子ちゃまたちはどうすんの?」
「保育園に入れれば何とかなるって言ってるよ」
「そうか。やるねえ、海ちゃん」
「いや、まだ、編入試験受けなきゃなんないから、入学が決まったわけじゃないけどさ」
「いいじゃん。何とかなるよ、海ちゃんとトム君なら」
「だな」
というような話がありまして、トム君は名古屋営業所の所長さんとなって転勤していきました。トム君とは時々、社内電話で話せるので、名古屋での活躍の様子は伝わってきました。
名古屋地域の一番の産業は、トヨタ様がいらっしゃるので、自動車関連産業だそうです。我々が車載品質でビジネスをするには、かなりハードルが高いのですが、まあやってやれない事はないようです。
エンジンルームとか車体制御など、命に関わるようなエリアは非常に高い品質を求められるのですが、インパネ(Instrument Panel)などの表示部分では、液晶のドライバーなどで実績はありました。また、水晶部品は用途が広いので、既にビジネスが始まっていました。
名古屋エリアでは、その他にも様々なビジネス機会があり、産業用工作機械や、蛍光表示のディスプレイ、電子楽器、カラオケのリモコン、パチンコ台など種々雑多な応用分野に多数のお客様がいて、トム君は名古屋営業部のメンバーたちと、あちこち飛び回っていたようです。
オフィスは名古屋の中心部である栄という好立地にあり、どこへ出かけるにも便利だったようです。すぐ近くに、オアシス21という施設ができて名古屋のシンボル的な場所になっていました。名古屋タワーのある久屋大通りはすぐそこです。
また、錦三丁目という繁華街が近いので、仕事が終われば、部のメンバーと頻繁に市場調査に出かけていたようです。何の市場かはよく分かりませんが(笑)
その頃の名古屋には我々の同期入社の中澤公太郎君もいて、トム君と仲良く市場調査に出かけていました。市場調査の常連は、吉村君、大玉君や船戸君で、トム君をしっかり一日中サポートしてくれていたようです。
単身赴任のトム君は、名古屋駅から地下鉄で一つの国際センター駅にあるマンションの一室を借りていましたが、そこはどちらかというと、平日、寝に帰るだけの場所のようで、週末は殆ど東京の自宅へ戻り、ご家族と過ごしていました。月金のどちらかに営業本部の部門長会議などが行われる事が多く、自宅へ戻るには好都合だったようです。
その間にも、奥様の海ちゃんは二人の可愛いお子さんを育てながら、着々と、名古屋では有名な私立大学への編入試験に向けて準備を進めていました。