連載小説 第156回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京から海外市場をサポートしています。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しですが、台湾や韓国などの新興勢力も台頭してきて、日本の電子デバイス業界は激変の連続でした。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第156話 工作君ミュンヘンへ

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の25年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん変化していくので、ビジネスも大忙し。我々の半導体の売上げも2000年にはサイコー!だったのですが、その後、状況はめまぐるしく動いていきます。電子デバイス営業本部にも毎日のように変化が起こり、とうとう液晶事業は分離される事になっていきました。

 

「かんぱ~い!」

「かんぱ~い!」

「かんぱ~い!」

と3人が声をあげたのは、工作君がミュンヘンへ旅立つ一週間ほど前の事でした。同期入社の工作君がEdison Europe Electronics GmbHの社長として赴任するのです。

同時に、トム君が名古屋から東京へ異動となり、海外営業部長として戻ってくる事になりました。それまで担当したカーエレクトロニクス営業部は解体され、デバイス別の営業に戻っていました。

「工作君、また離れちゃうけど、心は繋がってるからね。頑張ってね」

「ありがとう、舞衣子」

「私も、年に1回くらいはミュンヘンへ出張があるだろうから、また向こうでも会えるよね」

「うん、楽しみにしてるよ。良かったらトムも出張で来てくれよ」

「おい、何言ってんだよ、工作、今度は俺が海外営業部長なんだから、行くに決まってんだろ」

「そうだったな。よろしく頼むよ」

「ああ、行くぞ、ミュンヘン。待ってろよー!

「夕陽に向かって叫んでるの、工作君?」

「うっせーよ、舞衣子(笑)」

トム君は5年前まで赴任していたミュンヘンへ行きたくて仕方がないようでした。私だって、それは同じです。何てったって、ミュンヘンで、仕事して、子どもを産んで育てて、という中身の濃い3年半を過ごしたのですから、とっても思い入れのあるところなのです。ドイツもミュンヘンも大好きなのです。

「ねえ、私たちって、ホントあちこち動き回ってきたわよね」

「ホントそうだ。殆ど、俺は、舞衣子と一緒に動き回ってきたけどな」

「まあ、望むと望まざるに拘わらずですけど(笑)」

「何だよそれ。俺と一緒じゃ迷惑だったか?」

「そんな事は申し上げておりませんけど、オホホ」

「オホホかよ」

「オホホですわよ」

「トムも舞衣子も、一体、何歳までそうやってオホホとか言い合ってるのかなあ(笑)?」

「いいじゃない、工作君。これも激励会の風物詩みたいなもんなんだから」

「あはは」

「え、舞衣子、これって風物詩だったのか?」

「そうよ、トム君。知らなかったの?」

「あはは」

「あはは」

「あはは」

「・・・」

というようなおバカな会話がありまして、

「でも、これで、工作君がミュンヘンへ赴任って事になったから、私たち三人とも欧米制覇だね(笑)」

「うん、そうだね。僕も二人が赴任していたミュンヘンへ赴任できて嬉しいよ」

「そうだよな、工作」

「だね、工作君」

日本がバブルへと動いていく1980年に同期入社し、半導体などの電子デバイスという成長産業の営業に携わってきたとは言え、国内外の赴任や出張を通じて、これほど多くの場所に関わる仕事をさせてもらえるとは思ってもいませんでした。私たちは三人とも、素晴らしく面白い経験をさせてもらっていました。

「なあ、工作、もう液晶事業は別会社へ移る事になっちゃったから、ミュンヘンでは半導体と水晶だけ扱うって訳だろ?」

「そうなるねえ」

「ってことはさあ、売上げも随分下がるって事だよな?」

「ああ、そうなんだよ。僕の最初の仕事は液晶営業の切り離しと人員の削減なんだ」

「いきなり、それかあ。厳しいよな」

「ああ」

「ねえ、工作君、液晶の新会社、スーパー・エディソン・ディスプレイだっけ?」

「ああ」

「その営業ってさあ、ミュンヘンでどっか別のオフィスを作るの?」

「そこなんだよね、ややこしいのは。別会社にはなるんだけど、別にオフィスを借りると、引っ越しも含めて経費がかかるというんで、今のオフィスに間借りしたいって話も出ててさ」

「そうなんだあ。大変だね、工作君」

「ま、最適解を見つければいいだけだから、大変ってほどじゃないけどさ」

「色んな事やってきた工作君にしてみれば、お茶の子さいさいか(笑)」

「うん、まあ、何とかなると思うよ」

「そうだな、工作。なるようになるよ(笑)」

私とトム君が赴任していたミュンヘンのオフィスは、1972年に行われたミュンヘンオリンピックの会場に近いOEZというエリアにありました。工作君はそのオフィスへ赴任するのです。そう考えると、何だか感慨深いものがありました。

「ねえ、工作君。私、応援してるからね

「ありがとう、舞衣子」

「何だよ、舞衣子、急にしおらしくなっちゃって」

「トム君には分からないかも知れないけど、私だって、そういう気分になる時もあんのよ」

「え、怒ってる、舞衣子(笑)?」

「怒ってなんかいないわよ」

「そ、そうか?」

「そうよ」

私は、別に怒っていた訳ではありませんが、少々感情が昂ぶっていたのは事実でした。また、みんな新しい道へ進むのです。どんな面白い事が待っているかと思う気持ち90%と、ほんの少々の不安が入り交じっていました。

 

 

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