冥界のLSI(3) PC/Chip: The First True Single-Chip PC

JosephHalfmoon

1980年代、80186の登場後、Intelは何度か80186を超える高集積タイプのx86プロセッサを作ろうとした形跡があるのです。しかし結局市場には登場しません。それには1980年代中盤からIBM-PC/AT互換の「チップセット」メーカー各社が大量に(一時200社もあると言われた)登場したという時代背景も影響していると思います。当時チップセットメーカーの一番手といえば、Chips and Technologies社でした(以下C&T社と略します。)そのC&T社は90年代初めにはチップセットに留まらず、CPUにも進出しインテルと争いになるのです。自社のCPUを作った彼らは、当然、自社のチップセットとCPUを結合し、「シングルチップ」PCというコンセプトでチップを打ち出してきました。外部にメモリとクリスタルをつければ「パソコン」ができるという触れ込みでした。まだSoCという言葉以前の1991年。

(「黄昏のSoC」改題)

現代でもx86の「チップセット」は存在しますが、CPUメーカーであるIntelやAMDが自社のCPUに周辺を接続するためにチップセットを売るというスタイルです。しかし、過去の一時期、1980年代中盤から15年間くらいの間、多くのチップセットメーカーが活躍していたのです。彼らはマザーボード上に搭載されるチップセットだけではなく、ビデオコントローラ、通信、ストレージなど各種の周辺ボード用のチップまで幅広く手掛けていました。そんなチップセットメーカーが台頭した背景には2つの要因があったと考えています。

  1. 半導体の設計技術が発展し、ASICと言われるようなカスタム・チップを比較的簡単に開発し、量産できるようになったこと。
  2. IBM PC/ATがパソコンのビジネス利用に火をつけたこと。そしてPC/ATはある意味「オープン」な規格で誰でも互換機を開発できたこと。

その昔の半導体設計は、「フルカスタム」といわれる手法で、性能は追及できますが、開発コストが非常にかかる手法でした。しかし1980年代になるとCADソフトウエアの発展とともに、多少性能は犠牲にしても素早く回路を設計できる手法が登場してきます。これを受けて、ASIC(Application Specific IC)と言われるようなカスタム半導体の設計が盛んになっていくのです。

一方、IBMは「パソコン」業界では後発(メインフレームの会社なので、初期のおもちゃのようなパソコン、実際、主要な用途はゲームなどだった、など見向きもしていなかった)でありました。パソコンをビジネスに活用しようという機運が盛り上がりつつあった頃、IBMは「ありものの」汎用半導体をかき集めて急いでパソコンに進出してきます。しかし、当初のIBM PCはフロッピイディスク機。次のPC/XTになってハードディスクを備えますが、ここまでは内部16ビットCPUとはいっても外部8ビットバスの8088CPUですから、他社の8ビットとそれほどの差はつきません。その次に出した真の16ビット機、PC/ATでこれが変わります。80286CPUは、8088に比べると遥かにパワフルで、当時パソコンのビジネス用途を切り開きつつあった、表計算やワープロソフトなどを高速に処理できたのでした。その上、当時としては珍しい戦略だったのですが、急いで「仲間」を増やしたかったのでしょう、IBMはPC/ATの全回路図を公開していました。そしてPC/ATのマザーボード上のチップは全て汎用品。インテル、モトローラ等の会社から買うことができたチップばかりだったのです。「後発」であったが故にIBMは現代の「オープン」ビジネスを先取りするような流れにトリガをかけてしまったわけです。後で自分が作ったパソコンのハードウエア市場から自分が撤退することになるなど予想もしなかったでしょう。

ここで、IBM PC/ATの互換機を作ればもうかるじゃん、と参入してくる会社が相次ぎました。今のHPのパソコンの前身のCOMPAQや、DELLなど皆このころに起源があります。そして、それらの互換機メーカーにPC/AT互換のチップを供給するチップセットメーカーも同時に登場してきたのです。汎用の周辺ICに相当する回路をASIC手法で実現し、1枚の基板をワンチップにしたような集積チップを手早く開発します。PC/AT互換機メーカーとともにチップセットメーカーも大発展を遂げていきます。そのトップメーカというべき会社がChips and Technologies社でした。そしてあるときC&T社は決断します。

インテル80386互換のCPUの開発

それ以前は、PC/AT互換機メーカーには、インテルがCPUを売り、C&Tがチップセットを売るという相互補完的な関係であったのが、ここで激突することになるのです。そんな中、C&Tが出してきた高集積プロセッサが

PC/Chip

というものです。

  • 8086、80186互換の命令セットを持つCPUコア(性能的には286並み)
  • PC/XTマザーボードと互換のシステムロジック
  • パワーマネージメント
  • CGAグラフィックコントローラ(CRTおよびLCD対応)

8086, 80186互換ということはMS-DOSということです。当時IBMはMS-DOSから286プロテクトモードを使ったOS/2へのシフトを押していた筈ですが、当時はMS-DOSがまだ主流です。また、PC/XT互換であれば、多くの周辺ボードを利用することができました。PC/ATは、PC/AT用の16ビットの周辺ボードだけでなく、PC/XTの8ビットの周辺ボードも使用可能であったので、8ビットの周辺ボードも結構まだ残っていたのでした。そしてパワーマネージメント。出始めのノートパソコンのようなものを狙っていたようで、低消費電力が売りな上、当時としては先進的な機構を取り入れていました。グラフィックはCGA。既にVGA以上のグラフィックアダプタが一般化していた筈ですが、CGAというのは回路規模と用途(当時まだ貧弱だったノートPC向けのLCDパネルの解像度と表現力)を勘案したのだと思います。インテルがグズグズしている間に、C&T社が、「パソコン」をワンチップにしてしまったわけです。まだSoCという言葉はありませんが、System on Chipに間違いない。

しかし、この PC/Chip が世に蔓延ることはありませんでした。インテルと争っていた筈の Chips and Technologies社が、あっと言う間にインテルに買収されてしまったからです。C&T社は、インテルの「チップセット」部門になってしまい、C&TのCPUはお蔵入りとなりました。

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