連載小説 第91回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫太郎さんがソミーヨーロッパへ転職する事になり、私もサイコーエジソンの現地法人があるドイツのミュンヘンへ異動しました。IT環境は、インターネット、電子メール、Windows95と新時代を迎える中、ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第91話 ミュンヘンでの出社第1日目です

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。

 

 

私のミュンヘンでの勤務先は、エジソン半導体といいます。ドイツ語ではEdison Semiconductor GmbHと表記されていました。GmbH(Gesellschaft mit beschränkter Haftung)は出資の金額を限度とする有限の間接責任を負う社員のみから成る会社という意味で、日本語で言えば、有限会社です。

有限会社というと何だか中小の会社のように感じるかも知れませんが、ドイツでは会社規模に関係なくGmbHという形態が一般的に普及しているので、名称による会社の印象的にも何の問題もありません。逆に株式会社という形態をとる会社は極めて少数です。

やっている事はヨーロッパ市場における半導体製品の販売なので、アメリカにおけるSS-Systems Incとほぼ同じです。ヨーロッパでの私の業務内容もやはりアメリカの時と同じで、製品の手配に関する業務と、会社全般において日本のサイコーエジソン株式会社との業務を円滑に進める事でした。そして、その中には日本からの出張者のテイクケアをするという役割も含まれていますので、アメリカの時と同様に、様々な部門からやってくる出張者の方々とご一緒する機会が多く、とても勉強になりました。

この会社は、1989年に設立され、当社から日本人の赴任者が社長を務めていました。アメリカでのSS-Systems設立当初の現地化思想とは逆です。一長一短なので、一概にどちらがいいという話ではありませんが、日本人が社長だと、日本人対ローカルという構図が容易にできてしまいがちです。

赴任初日の月曜日、予定より少し早めに会社へ入って、皆さんに挨拶して回りました。オフィスの方々は皆英語をしゃべる事ができるので、私がドイツ語をしゃべれなくても、大丈夫です。現地の社員の採用条件の一つに英語ができる事というのが入っていて、オフィスでの公用語は英語だからです。

社員の殆どはドイツ人ですが、イギリス人やイタリア人などもいますし、なんと言ってもドイツ語を話せない私たち日本人赴任者が数名いますから、ミュンヘンに存在するからといってドイツ語を公用語にする事は殆ど不可能なのでした。

それでも、ドイツ人同士の時はドイツ語でしゃべっています。日本人による経営への不満など、微妙な話は尚更ドイツ語です。ま、こればっかりは「現地法人あるある」なので仕方ないですね。

社長の金丸さんに挨拶しました。日本では営業部の先輩なのですが、ずっとあちこち海外赴任していた方なので、殆どお話した事もありませんでした。

「金丸さん、今日からお世話になります詠人舞衣子です。宜しくお願いします」

「ああ、舞衣子さん、良く来てくれました」

「とってもステキなところですね、ミュンヘンは。私は土曜日に着いたので、週末の2日間ですっかり気に入ってしまいました」

「おお、それは良かった。素晴らしいところですよ、ここは」

「はい」

「仕事はちょっとキツいかも知れないけど、頑張ってください」

「頑張ります! 因みに、仕事がキツいというのはどんなところなんですか?」

「まずは、ローカルの社員をどうコントロールするかです」

え、そこ? と私は思いましたが、顔に出さないようにして、言いました。

「そうなんですね。分かりました。私もオペレーション部門の責任者として、ローカルの皆さんと仲良くやれるようにしていきます」

「頑張ってください。ま、でも、仲良くするというよりは、しっかりコントロールするようにしてください」

え、そうなの? コントロールだなんて、一緒に働いてくれる人たちに対してちょっとリスペクトがないように思えるし、高圧的じゃないかなあ? と思いましたが、

「はい」

とだけ答えておきました。

アメリカのSS-Systems で感じていたようなおおらかでフレンドリーな雰囲気とは大違いです。何だか、金丸社長はとても気合いを入れていて、張り詰め過ぎではないかと感じました。カリフォルニアの脳天気じゃダメなのかなあ?と思いましたが、ま、最初は様子を見るしかなさそうです。

私がマネジャーとなったオペレーション部門には、4人のローカルスタッフがいて、日本に対する製品の発注と納期の管理を行っています。

私の直属の上司であるシュロイテンさんはドイツ人の男性でアドミニストレーション全般を担当しています。日本人赴任者の間では、シュロちゃんと呼ばれていました。シュロちゃんはこれまでオペレーションのマネジャーを兼務してきましたが、この半年で売上げが増えてきたことで業務が飛躍的に増えて手が回らなくなってきたため、私がオペレーションの責任者となった訳です。

ローカルの4人は皆若く、大学を出てから1~4年までのメンバーでした。どうやら、これまでは忙しいシュロちゃんがあまり面倒みてくれていなかったらしく、私の事を歓迎してくれている様子でした。直感的に、金丸さんみたいな高圧的なコントロールは機能しないんじゃないかと感じました。

 

さてさて、私の脳を支配しているカリフォルニア型脳天気のフレンドリーマネジメントで上手くいくのかどうか? これからが楽しみになってきました。

 

 

第92話につづく

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