<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。米国現地法人のSS-Systemsを経て、今はミュンヘンにあるヨーロッパ現地法人のEdison Europe Electronics GmbHに勤務しています。世界中で携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合され、更に大忙しです。そんな中、私にもとうとう子どもが授かって・・・。
(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら)
第114話 10月3日 統一記念日の出産
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の18年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。アメリカの現地法人SS-Systemsを経て、ヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。結婚7年目ですけど、うふっ。そこへ、同期のトム君も赴任してきて、Edison Europe Electronics GmbHとしてスタート。トム君は海ちゃんとご結婚となり、更にご懐妊に。私も、よわい39歳にして、とうとう妊娠しちゃったんです。うふっ。
10月3日といえば、ドイツでは記念日なので、お休みです。何の記念日かといいますと、東西ドイツ統一記念日なのですね。ベルリンの壁がなくなったのは前年の1989年でしたが、それから数ヶ月経った1990年10月3日に正式に東西の統一が成し遂げられました。
で、それから7年経った1997年10月3日に何か起こったかといいますと、私と倫ちゃんのベイビーが産まれちゃったのです、うふっ。
統一記念日なので、倫ちゃんもお休みで、私の出産に付き添ってくれました。
で、どういうわけか、トム君と海ちゃんの長女ちゃんも同じ10月3日に産まれちゃったんですね。
後日のトム君との会話です。
「いやあ、舞衣子もうちも同じ10月3日に子どもが産まれるなんて、すごい偶然だよな」
「うん、びっくりだよ」
「それにしても、二人とも無事出産してくれて良かったよ」
「ホント、そうだよね。神様に感謝しなくちゃね」
「どうした、舞衣子。急に神様なんて殊勝な事言って(笑)」
「だって、ホントに感謝だもん」
「確かに子どもが産まれるってスゴい事だよな。感謝か」
「うん」
「俺さあ、予定日がまだ一週間くらい先だったんで、ちょっと油断してたんだけど、産まれる前の日なんか、EEEGのオクトーバーフェストの集まりだったんだよ」
「そっか、妊婦はオクトーバーフェストなんて行ってられないから、そんな事忘れてたよ。酔っ払った?」
「うん、皆で大騒ぎしながら、マス(1リットルのビール)を3杯飲んだら、結構いい気分になっちゃって、家へ着いたらもう11時くらいでさ」
「海ちゃんはどうしてたの?」
「うん、今考えるといつ産気づいてもおかしくない訳だから、酔っ払ってる場合じゃなかったんだけど、あの晩はいつもと変わらない様子だったから、特に心配もなくてすぐに寝ちゃったんだ」
「良かったね、産気づいたのが翌日で」
「ああ、全くだよ。酔っぱらってる時だったら、厄介な事になってたかもな」
「そうだよ。初めての出産だし、海外だと不安でいっぱいなんだから」
「ああ。で、翌日は統一記念日で休日だったから、2人でゆっくりしてたんだけど、午後になったら海ちゃんがおなか痛いって言い出して」
「陣痛ね」
「うん、最初はよく分かんなかったんだけど、数分の周期で痛くなるから、ああ、これはもう陣痛だなって思って、車に乗せて病院へ向かったって訳さ」
「私もまるで同じ頃、倫ちゃんの車で病院へ行ったんだよ。面白いね」
「うん。病院には着いたんだけど、出産の場合はいつもと別の入り口でさ、休日だからドアは閉まっていて、インターフォンで話さなくちゃならないんだ。だけど、ドイツ語が全然出てこなくてあせったよ」
「何て言ったの?」
「妻の陣痛が始まってるんで開けてください、なんて俺がドイツ語で言えると思う?」
「難しいね」
「咄嗟に “Meine frau ist schwanger.(妻は妊娠しております)” とか言っちゃってさ」
「あはは、それって産科の病棟で言ってるんだから、笑われてたかもね」
「ああ、患者はみんなSchwangerなんだから、“だからどうしたの?” って感じだよな」
「で、どうなったの?」
「ともかくドアを開けてくれて “あ、先ほどお電話頂いた方ね” ってな感じで、あとはもうテキパキと進めてくれて助かったよ」
「良かったわね、ドイツ語できなくても何とかなって(笑)」
「まあ、見れば陣痛が来てるってのは分かるだろうから、ドアさえ開けてくれれば何とかなったって訳だけどね」
「で、出産には立ち会ったの?」
「もちろんだよ。子どもが産道から出てきた時は震えたよ。不思議な感覚だったなあ」
「良かったわね。私も倫ちゃんに立ち会ってもらってスゴく面白かった」
「何だよ、面白かったって」
「だって、倫ちゃん、感動しまくりなんだもん」
「そうかそうか、そりゃ良かった(笑)」
「私もようやくお母さんだよ」
「俺もお父ちゃんだぜ」
「うふっ」
「それでさあ、出産の後、夜7時過ぎに家へ帰ったらさあ」
「どうしたの?」
「階段のところでばったり会った隣のおじさんが “嬉しそうだけどどうした?” みたいな事を言うんで、話した事もないおじさんだったんだけど、何だか嬉しくて、子どもが産まれたって言ったんだよ」
「ドイツ語で言えたの?」
「いや、なんか、べービーとかゲボーレンとか言ってたら分かってくれて、一緒に喜んでくれたんだよ」
「いいじゃん、いいじゃん」
「そしたら、お祝いだからワインをご馳走するっていうんで、おうちにお邪魔して、おじさんと奥さんとワインを一杯飲んだってわけ」
「ステキな思い出ができたね」
「ああ、ドイツの人たちもいい人だなと思ったよ」
そんなこんなで、出産後4日くらいで退院し、私と子どもは倫ちゃんのお迎えで家へ帰ったのでした。39歳にしては順調な出産で、助かりました。
子どもも順調に育っています。
そんな私ももうすぐ40歳。
保育園を探して、育児休暇を終えたら、仕事に復帰します。