連載小説 第37回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社IC海外営業部の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICのアメリカ営業担当です。平成元年になった1989年、とうとう、現地法人のSS-Systemsへ海外赴任しちゃいました。一月遅れでトム君も合流し、スゴイ事になっちゃいました。

 

 

第37話  アメリカのお名前

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の10年目。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任しました。しかも、同期の富夢まりお君も一月遅れでジョインしました。そして、同期の島工作君も赴任中。何てステキ!

 

「さあて、それではとうとう同期の3人が揃ったSS-Systemsでバリバリやっちゃいましょう! Cheers !」

「Cheers !」

「Cheers !」

1980年入社で同じ海外営業に配属された富夢まりお君と島工作君と私の3人で、久し振りの乾杯をしたのは、トム君が赴任してきた翌日の夜の事でした。

「ねえ、トム君、時差ぼけで眠い?」

「いや、全然All rightだよ。昨日はぐっすり寝たからな」

「私たちもさあ、とうとうここまで来たね」

「ああ、スゴイよ。なあ、工作」

「うん、ボクもスゴイと思うよ。トムも舞衣子も二人とも赴任だもんな」

「ねえ、工作君、それで、任期は結局どうなったの?」

「うん、では発表しま~す」

「はい、どうぞ」

「何と、2年延長となりました~!」

「おお!」

「やったね、工作君。これで3人一緒の期間が2年あるんだ。スゴイスゴイ!」

「面白い事、いっぱいやろうぜ。な、工作!」

「ああ、ボクも嬉しいよ」

「俺たちもさあ、もうとっくに30超えちゃった訳だし、そろそろちゃんとした社会人としてだなあ、異国の地で頑張るって事で」

「30超えたってこと関係あるの、トム君?」

「いや、まあ、10年前とは大違いだからな」

「何が?」

「何がって、舞衣子、君も油がのってきている訳だし」

「何よ、油が乗ってるって、私の顔はベタベタしてませんですわよ」

「スベスベしてるか?」

「スベスベもしてないんだよね、最近。こっち来てもう1ヶ月でしょ。乾燥地帯じゃない、シリコンバレーって」

「まあな」

「でしょでしょ?」

「ああ」

「それでですねえ、お肌は乾燥気味なんです。上諏訪温泉が懐かしいです」

「そっか、カサカサしてるって訳か。俺も暫くするとカサカサしてくるかなあ」

「そうなんじゃない? でも、工作君はあんまりカサカサしてないような気がするけど、大丈夫なの?」

「ああ、ボクはあんまりカサカサしないみたいだよ。日頃の行いがいいのかなあ?」

「何だよ、日頃の行いって。どうせ、毎日飲んでるから肌にいいとか言うのか?」

「ああ、ビールとワインと日本酒は肌にいいと信じているよ、ボクは」

「順応してるんだね、工作君は。もうすっかりアメリカ人っぽいじゃん」

「アメリカ人とは違うけど、慣れてはいるよ」

「そういえばさあ、工作君、最初に車がパンクした時の話は何度聞いても笑ったよねえ」

「ああ、赴任早々だったからなあ。もう6年近く経つよ。言葉が通じなくてさあ」

「今の工作からは信じられないよな。英語が通じないなんて」

「だって赴任当時はまるで知らない言い回しばっかりだったよ」

「そうだよね。工作君の苦労に比べたら私たちなんか大した事ないよ」

「俺も工作には感謝してるよ。だって、もし自分がパンクしたってFlat Tireって言い回し知ってるから、怖いもん無しだもんな」

「ホント、私も助かるわ」

「それにしても、工作が焦ってPankだのPunkだのってGas Stationで叫んだってんだから、笑っちゃうよな」

「ホントにあん時は参ったよ。Punkって日本語英語だから、全然通じなくてさ。しかも朝のフライトに間に合うかどうかって時だからさ」

「結局、乗り遅れたんだっけ?」

「いや、まあ何とか間に合ったんだけどね」

「ご苦労様でした、工作君」

今ではローカルと同じように英語でしゃべっている工作君ですが、最初の時は色々苦労があったようです。

 

「ところで、工作、おまえはKoって呼ばれてるだろ。俺はやっぱTomか?」

「もう、みんなからTomって呼ばれてるじゃないか」

「ま、そうだな、仕方ないか」

「何か不満なのトム君は?」

「や、不満って訳じゃないけど、Tomって多いだろ。だから間違いやすいんじゃないかと思って」

「じゃ、Tomatoとかにする?」

「や、それもなあ」

「ま、いいよ、トム。みんなトムトムだと思ってるから」

「ちょっと変だろ、名字からFirst nameをもってきちゃうと、Tom Tomになっちゃうから」

「心配すんな。その方が覚えてもらえるから」

「そっか」

「ねえ、トム君、日本人だけどローカル採用の三木一郎さんってMike Mikiでしょ」

「ああ」

「MikiさんだからMikeになったらしいよ」

「そっか。じゃあ、Tom Tomでもいいんだな」

「No problem !」

「No problem !」

工作君と私は口を揃えて言いました。

日本人も中国人も韓国人も、大抵First nameはローカルが発音しやすいニックネームをもらっていました。私の名前はわざわざ変えなくて良さそうなFirst nameなので、Maiko Yonbitoのまま。島工作君はKo Shima。そして、富夢まりお君はMario Tomではなく、Tom Tomに決まっていたのでした。

トムトムなんてちょっと笑っちゃいますよね。でも、そうする事がローカルにいち早くなじむ方法の一つだったので、日本人赴任者の多くは、すぐに覚えて貰いそうなFirst nameを選んだのでした。それが、シリコンバレー式だったのです。

私たちは3人ともローカルには結構好かれました。何と言っても私たちはみなFriendlyOpen mindだったからです。なので、仕事は楽しく進みました。世界中の半導体産業が無敵だった頃です。

少なくとも、我々3人が一緒にアメリカで過ごしていた時期は日本の半導体産業に陰りはありませんでした。それがいつまで続いたかですか? それは読み進めて頂ければおわかりになると思います。でも、何と言っても大河小説なので、先は長そうですね。うふふ。

この続きはまた次回。

 

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