連載小説 第62回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。食生活の変化で私の見事な肉体は更に水平方向へ成長しつつも、毎日忙しくやっています。Appleの青井倫吾郎さんとは、すっかり打ち解けた“いい仲”になってきていましたが、“あれ”問題をクリアしなくてはなりません。

 

 

第62話 倫太郎の告白

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の11年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。美味しい食事の連続で、私の見事な肉体(笑)は水平方向へ更に見事な成長をとげつつありましたが、アップル・コンピュータの青井倫吾郎さんとメキシコで皆既日食を経験してからというもの、仕事も食欲もバッチリです。そして、更なる進展が?

 

 

 

もう、いい加減、次へ進もう。“あれ問題” には決着を付けて!と、私自身思っていたのですが、思わぬ形でその時はやってきました。

「舞衣子、今日は話したい事があるんだ」

「どうしたの、倫ちゃん?」

もしやして、もしや、とうとうプロポーズ?といくぶん緊張しました。

「実は、ボク、離婚が成立したんだ」

「え?」 (ど、ど、どういう事?)

「あのね、はっきりしたら、いずれ話そうと思ってたんだけど、晴れてバツイチになれたんだ」

「け、結婚してたの、倫ちゃん?」 (何よ、それ)

「黙っていて、悪かったよ。でも、舞衣子の事は本当に大事に思っていたから・・・」

「ちょちょ、ちょっと、順序立てて話してよ」

「あ、ああ、ごめん、いきなり過ぎたね」

「いきなり過ぎだよ」

「もう一回、最初から話すね」

「うん」

「4年くらい前にアメリカ人女性と結婚したんだ」

「大学の同級生とか?」

「いや、彼女とはボストンで知り合ったんだ」

「東海岸じゃん。倫ちゃん、ボストンに住んでたんだっけ?」

「ああ、UCバークレイを卒業した後、シリコンバレーの会社に勤めたんだけど、何年かして、一度東海岸へ行くのも経験になるかなって思ってボストンのベンチャーに入ったんだよ」

「そうだったんだ。どうして教えてくれなかったの?」

「うん、結婚が上手くいかなかったから、東に住んでいた頃の事はあんまり話したくなかったんだよ、ごめん」

「それで?」

「まあ、それから紆余曲折はあったんだけど、4年前に結婚して、子供も一人いるんだ」

「え、子供がいるの?」

「ああ、もう3歳になったかな。彼女が育てているんだけどね」

「何で別れちゃったの、子供もいるのに?」

「それが、ボクの子供じゃないんだ」

「え、どういう事?」

「まあ、色々あってね」

「何だか、わかんないよ、倫ちゃん」

「うん、まあ、色々あったんだ・・・」

「何があったかは教えてくれないの?」

「まあ、簡単に言えば、彼女がボク以外の人を好きになっちゃったって事かな」

「何なのそれ?」

「まあ、そういう事だよ」

「そういう事ってどういう事?」

「ボクにも分からない。でも、すれ違ってたって事は事実だ」

「すれ違ってたって?」

「結婚後、半年くらいした頃かな、働いていたボストンの会社から、シリコンバレーに拠点を作るから責任者として行って欲しいって言われて、そのチャンスがすごく面白そうだったからその話を受けたんだよ」

「何の会社なの?」

「ああ、UIを開発する会社でね」

「UIってUser InterfaceのUI?」

「そう。それで、シリコンバレーで拠点を作る話に乗っちゃったのはいいんだけど、彼女は彼女で仕事があったから、最終的に、西へ行く事は決断できないっていう事になってさ」

「だって、倫ちゃん、彼女と相談して決めたんじゃないの?」

「それが、ちょっと勇み足でさあ。今になると自分でも、何であの時、もう少し慎重に決めなかったんだろうって思うんだけど、若くて余裕がなかったのかなあ。彼女からはっきりした結論を貰わないうちに会社へYesって返事しちゃったんだ」

「彼女さんは何て言ってたのよ?」

「うん、まあ、最初は一緒に行ってもいいかなあ、みたいだったんだけど、迷ってたんだろうな。最終的にやっぱり行けないってなって・・・」

「そうか。でも、難しいよね、こういう話って」

「ああ、それで、結局、結婚はしているけど、自分一人でシリコンバレーへ逆戻りって事になってね、半年後には彼女は別の人との子供ができちゃってさ、その後はもう色々大変だった」

「つらかった?」

「ああ、つらかった・・・」

「でも、どうして言ってくれなかったの?」

「ゴメン、舞衣子にはどうしても言えなかった。舞衣子の事をドンドン好きになっていく自分がいて、関係が壊れちゃったらと思うと怖くて・・・言えないまま、言うタイミングを逃してしまって・・・」

「ダメだよ、そんなの・・・」

「ゴメン・・・」

「・・・」

倫ちゃんは私の前で初めて涙を流していました。

 

アメリカ合衆国というのは、果てしなく広大な国です。50も州があって、西と東では一つの国でありながら、別の国ほどの距離があります。その距離を埋めるのは、時として、並大抵の事ではなかったりします。特に、インターネットがなかった頃、携帯電話もなかった頃は、物理的に会えないという事は現代で想像するよりも大きな隔たりだったのでした。ですから、倫吾郎さんが結婚相手とどんどんすれ違ってしまっただろう事は想像に難くありません。

でも、結婚ってそんなに簡単に壊れてしまうものなのだろうかって、思いました。私だったらきっとそんな事はない、なんて思ったのでしたが、事実は小説よりも奇なりというように、当事者でなければ分からない事なのでしょう。遠く離れて暮らす事は簡単ではないのでしょうね。

それに、アメリカ社会というのは、日本とは随分と違っていて、何かに縛られて我慢するよりは、その時その時の状況にあわせて自由に生きていく事の方が良いと思う人が多かったと思います。ですから、アメリカ人の離婚率はかなり高く、私の感覚では50%くらいは離婚経験者ではないかと思っていました。

しかも、倫太郎さんの場合は、育った文化が違う日本人とアメリカ人です。うまく行く方が難しいのです。

私は倫太郎さんにそれ以上聞く事はやめました。きっと、色々な事情があったのでしょうし、別に誰かが悪いとか良いとかそんな話ではないのです。もし、倫ちゃんが自分から聞いて欲しいと言ってくれる日が来たのなら、穏やかにお聞きすればいいのだと思いました。

“結婚していたなんて、それを隠していたなんて酷い!” と思う気持ちも全くなかった訳ではありませんが、それ以上に、つらい話を自分にしてくれた倫ちゃんの事をより愛おしく感じたのです。

倫太郎さんとの絆が、それまでとは比べものにならないくらい強くなった日のことでした。

 

 

第63話につづく

第62話に戻る

詠人舞衣子もくじへ