連載小説 第103回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫ちゃんのドイツ転職を機に、私もミュンヘンにある現法へ異動しました。ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ、一度は別々の職場になったと思ったトム君が緊急赴任して来ちゃいました。あら、また一緒ですねえ。うふっ。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第103話 携帯電話メーカー

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。そこへ、同期のトム君も赴任してきちゃいましたよ。私と倫ちゃんは1996年を日本で迎え、帰省から戻ってきました。

 

さて、ヨーロッパの冬は厳しく、ひとりで頑張っているトム君にはちょい辛かったようです。でも、なんだかんだで初めてのヨーロッパの年末年始休暇を旅して過ごしたようでした。

「ねえ、トム君、どっか行ってたの?」

「うん。ちょっとイタリアまでな」

「へえ、イタリアのどこへ行ったの?」

「ベネチアだろ。フィレンツェだろ。そんでもって、ピサの斜塔と最後の晩餐だよ」

「へえ、ピサとミラノも行ったんだ。結構ハードだったでしょ」

「ああ、Audi A6 Quattroで爆走したよ」

「楽しかった?」

「ん、まあ楽しかったよ」

「どこが一番良かった?」

「そりゃ、決められないなあ。どの街も素晴らしかったよ」

「私も早くイタリア行きたいなあ」

「いつでも、倫ちゃんと行けばいいじゃないか」

「なかなか忙しいのよ。この休みも二人で日本へ行ってたし」

「そうだよな」

「で、最後の晩餐ってどうなの?スゴい?」

「そりゃ、スゴいよ。修道院の部屋の壁一面が最後の晩餐だからな」

「いいなあ。私もこの目で見たいなあ」

「倫ちゃんに頼め」

「ま、そうだけど。ね、ウフィッツィでボッティチェッリの絵見たの?」

「見た見た。この目で見たぞ。ヴィーナスの誕生とプリマヴェーラ(春)

「いいなあ。私も・・」

「だから、倫ちゃんと行って来いよ」

「うん、行くけどさあ、結構遠いでしょ」

「ああ」

「運転、大変でしょ?」

「まあな」

「一人で行ったんでしょ?」

「ん、まあ・・・」

「え、誰かと一緒?」

「いや、あの・・・」

「え、何よぉ、新たな彼女とかいるの?」

「いや、その・・・」

「じゃあ、誰と行ったの?一人で運転したんじゃないの?」

「一人で運転したよ」

「誰かを助手席に乗せて?」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

ま、いいです。トム君もアメリカでハルカちゃんと別れてしまってからは、一人で頑張ってきたのですから、誰かと何かがあったって、それはそれでいいでしょう。でも、ミュンヘンに来てまだほんの少ししか経っていないのに、誰かいるのかなあ?それとも、アメリカでつき合ってた誰か?それとも、日本に彼女がいるとか?

そう言えば、トム君がアメリカで10日間、荒野を爆走する旅に行ったのも、Eddie Suwaさんとだったから、一人で旅に出るって事はないかも知れないなあ、なんて思いつつ、それ以上追求するのはやめておきました。色々言いにくい事もあるんでしょう。それより、仕事上でトム君は私たちの現法の責任者として一生懸命やっているのですから、リスペクトしなきゃ、と思いました。

というような会話があり、新年の初日は無事に過ぎていきました。

そうそう、このお話、半導体産業の栄枯盛衰でしたよね。なのに、すぐ横道にそれてしまうんです。ま、私の思考回路があっちこっちに飛んでいってしまうようにできているので、仕方ないといえば仕方ないんですが。

ちょっと待ってくださいよ。1996年の事ですよね。いま、思い出すところですから。

そうそう、我がサイコーエジソン株式会社の半導体事業は相変わらず右肩上がりで、ヨーロッパでも好調でしたね。なんてったって、携帯電話がどんどん伸びていて、いろんなメーカーが参入していた時代です。電機メーカーならまだしも、車の電装メーカーとかオーディオ機器のメーカーとかまで急に携帯電話を作るとか言い出した時代です。

ヨーロッパでは、フィンランドのN社、ドイツのS社、オランダのP社等が大きなシェアを持ち、日本のメーカーまでもヨーロッパ市場で携帯電話を売ろうとしていました。N社とかM社とか大手電機メーカーは非常に積極的でした。倫ちゃんが責任者をしているソミーミュンヘンでは、スウェーデンのE社と手を組んでヨーロッパに進出しようとしているところでした。倫ちゃんは企業秘密だと言って、私には何一つ教えてくれませんでした。ま、それは当たり前の事でしたけどね。

それと、アメリカのM社もヨーロッパに工場をもってシェア争いに加わっていました。これらの数社がサイコーエジソン株式会社の半導体だけでなく液晶表示体を含めた電子デバイスビジネスに大きな影響を与える事になります。

その時期はもうそこに迫っていました。

 

第104話につづく

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