連載小説 第119回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。米国現地法人のSS-Systemsを経て、今はミュンヘンにあるヨーロッパ現地法人のEdison Europe Electronics GmbHに勤務しています。世界中で携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合され、更に大忙しです。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第119話 トム君とスガちゃんの探検

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の19年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。アメリカの現地法人SS-Systemsを経て、ヨーロッパの現法Edison Europe Electronics GmbHへ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんと0歳の子どもと暮らしています。ビジネスは絶好調でした。

 

「ねえ、トム君、久し振りの独身生活はいかが?」

「おお、海ちゃんとベイビーが一時帰国しちゃったから、それはそれは淋しい生活だよ」

「ウソ言いなよ、もう(笑)。知ってるんだからね、スガちゃんとトルコに行ったって」

「え、知ってたの、舞衣子? 別に隠してた訳じゃないけど」

月曜日の朝一、私はトム君とそんな会話をしていました。スガちゃんは、新たに日本から赴任してきた仲間です。まだ独身なので、フットワークが軽く、3週末連続で一時独身になっていたトム君とともにヨーロッパ探求の旅をしたそうです。

トルコ行ったんでしょ?」

「ああ、行った行った」

昭和の時代にそのような表現をすると、何かいけない事をしたかのように勘違いされる方も多かったかも知れませんが、時は平成です。

「トルコってどこへ行ったの?新宿(笑)?」

「おい、訳わかんない事言うなよ」

「じゃ、どこ?」

「飛んでイスタンブールだよ」

「へえ、イスタンブール。ステキ・・・」

因みに「飛んでイスタンブール」が流行ったのは、遠く1978年のこと。筒美京平先生が作曲し、庄野真代さんが歌った楽曲は、エキゾチックな旋律と想像をかきたてる歌詞とで、すこぶる印象的でした。ですので、日本人の誰もが、イスタンブールという地名は耳に馴染みがあるものの、殆どまわりの誰も行った事がないという“謎の外国”みたいな感じをもっていたように思います。

その、謎のイスタンブールへトム君とスガちゃんは行ってきたという訳です。

「ねえねえ、どんな感じなの、イスタンブールって?」

「うん、まずはイスラム世界だな、基本」

「ふんふん、それで?」

「しかし、ボスポラス海峡でヨーロッパと繋がっている」

「ふんふん、それで?」

「つまり、文化の融合地点という訳だ」

「いいじゃん、いいじゃん」

「だけど、俺たちに普段馴染みの欧米とは全く違う感じなんだよな」

「エキゾチックなのね?」

「ああ、アジアでもないしヨーロッパでもない」

「うんうん」

「まず、顔がアジアとは全然違うし、ヨーロッパっぽくもない」

「うんうん」

「服装も全く違うし、街並みも独特だよ」

「英語は通じるの?」

「まあ、観光地だから、我々が行くような所は大体通じるかな」

「モスクとか行ったの?」

「ああ、勿論。ブルーモスクとかアヤソフィアとか、でっかいモスクがあって、ヨーロッパでいえば教会なんだけど、やっぱり雰囲気は違うかな」

「ふうん」

「それと、トプカプ宮殿はスゴいよ。かつてのハーレムもあるしさ」

「ハーレムねえ」

「スガちゃんなんか、いいっすねえ、いいっすねえとか言っちゃって大興奮だよ」

「何がいいっすねえよ」

スルタンが存在していた頃の歴史上の遺物だよ」

「ま、いいわ」

「それと、グランドバザールっていう市場は面白かったなあ」

「へえ」

「ローカルの人も観光客もいっぱいいるんだけど、かなり賑わっていて、いかにもイスタンブールって感じだったよ」

「何か買ってきたの?」

「うん、トルコっぽい感じがする模様のコーヒーカップと、いかにもニセモノっぽいポロのシャツ」

「私には?」

「うん、買ってきました。トルコのチョコレート。はい、これ、舞衣子に」

「わあ、ありがとう。トルコっぽいじゃん、このパッケージ」

「だろ?」

「ところで、ミュンヘンから直行便あるの?」

「いや、ブダペスト経由だったよ」

トム君とスガちゃんはそのブダペストへ2週間後の週末に、またまた出かけて行ったそうです。一度にイスタンブールとブダペストへ行ければ効率良かったんでしょうけど、お仕事もありますしね。それで、同じ路線へ続けて出かけて行った訳です。お金余計にかかるのにね。ま、いっか(笑)

トム君の話では、ハンガリーのブダペストもエキゾチックでとっても面白いところだったそうです。そもそもはアジア系のフン族が興した国なので、少々アジアっぽい人も多いようです。でも、色々な民族が混じり合っているので、多種多様なルーツの人がいる感じなのだとか。

ドナウ川を挟んだブダとペストの街を一望できる「漁夫の砦」からの眺めは格別だったそうです。いいですねえ。

更に、トム君とスガちゃんは、その間の週末に、イタリアのベネチアにまで車で遠征しちゃったというので、もう呆れちゃいました(笑)。まあ、折角ヨーロッパに住んでるんだから、あちこち行けるうちに行っておこうという気持ちは分かります。私も行ける時はあちこち行ってますもんね。

なお、その後、スガちゃんは赴任期間を終えて帰国し、日本で結婚するまでの間、世界各地を探検して回ったそうです。東欧やロシアなどに遠征を続け、ブルガリアで私服警察官に手錠をかけられそうになって抵抗したら拳銃を突きつけられるとか、ルーマニアでお世話になったと思った人にお金を盗られそうになるとか、サンクト・ペテルブルグで怪しい女性に怪しいところへ連行されるなど、危ない目に何度も逢いながらも、毎回力強くミュンヘンへ生きて還ってきたそうです。

探検家スガちゃんのお話は今でも語り草になっていますが、それはまた別の書き物にしようかと思っています(笑)

 

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