鳥なき里のマイコン屋(32) 6502の家元? Western design Center

前回に引き続き、米国の、規模は小さいけれど変わったユニークなマイコン屋さんを取り上げさせていただきます。その名はWestern Design Center (WDC)です。「Armのお供に8051説」を追いかけていた第8回、台湾Megawin社でArmや8051に混じって6502ベースのMCUがあったとご報告しておりました。Megawinの6502コアが、「分家」の末流ならば、WDCは6502の家元か本家といったところでしょう。こういったマイコン屋さんが消えずに存在するのを見るにつけ、6502の栄光の大きさと、米国のマイコン文化の奥深さを感じます。

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6502のかつての栄光をご存知ない方向けに、ちょっとおさらいしておきます。マイクロコンピュータというものが世間にインパクトを与え始めた黎明期、1970年代後半から80年代にかけて、大活躍だった8ビット・マイクロプロセッサです。なんといっても

    1. Apple社がその基礎をきずいた Apple IIのCPUだった
    2. 任天堂ファミリーコンピュータのCPUだった

という2点をあげれば、その足跡の偉大さはお分かりいただけると思います。上記以外にも用途は非常に広かったので、かつては、6502の互換や類似のCPUを製造している会社は沢山あったように記憶しています。しかし、それも今は昔。多くの会社は既に6502系のコアの使用を止めてしまっています。その中で未だに頑張ってる会社、そしてまたオリジナルの「血統」に一番近いと思われるのがWDCなのです。

6502を採用したアプリケーションが一世を風靡した割に、6502のチップ自体は不運な歴史をたどっています。オリジナルの6502を作ったのはモステクノロジーという会社だったのです。モステクノロジーは業績不振から、6502をパソコンやゲーム機のCPUに採用していたコモドール社の傘下に入るのですが、コモドールはそのうち倒産してしまうのです。直系はここで断絶。ところが、モステクノロジーがコモドールの傘下に入ったころのゴタゴタの時期、1970年代後半に、モステクノロジーからスピンアウトしたのがこのWDCという会社であるのです。会社のキャッチフレーズを引用させていただきましょう。

Building Smart Technology-Since 1978

6502の互換機や類似機を作る会社は多数あった中で、「血統」の根本からもっとも早い時期に分かれていることになります。また、他の会社と違って

揺るぎもしない6502推し

であります。直系断絶後は、6502系統は、こちらこそ本家か家元、といってよいかもしれません。

ただ、6502自体は、ROM、RAMを搭載しない「マイクロプロセッサ」なので、このシリーズで追いかけているROM、RAM搭載のマイクロコントローラ(MCU)ではありません。ちゃんと、WDCは、ROM、RAM積んだバージョン出しています。

    • W65C02Sコアを搭載、4KバイトROM、192バイトRAM搭載のW65C134S
    • W65C816Sコアを搭載、8KバイトROM、576バイトRAM搭載のW65C265S

の2機種です。なお、この両機種とも、ROM、RAM搭載しているのでマイクロコントローラに分類しましたが、バスも出ているので、マイクロコントローラとしてはかなりプロセッサよりな味付けです。

“W65C02S” は6502のWDC版互換コアで、WはWDC版だということを示すための頭文字だと思います。65C02のCはCMOSプロセスの意味。オリジナル6502の時代はまだNMOSプロセスの全盛時代だったのです。他社においてもNMOS版からCMOS版を作っるときなど、”8051″(NMOS)に対して”80C51″というように真ん中にCを挟むのが「当時」の慣例になっていました。既にNMOSのチップなどほぼ存在しなくなって長年月経過しているので、最近のチップでCの文字を挟むようなことは無くなっているのです。この表記法だけでも「レジェンド」の風格が醸し出されているというものです。そして最後のSは、これはこちらの勝手な推測ですが、オリジナルに対してなにか「改良」「強化」を行った、という意味じゃないかと思います。WDC版は、オリジナルのまま、というわけではなくて、互換性を踏まえつつ、強化拡張されたものだからです。

もう一つ登場するW65C816Sというのは、純粋8ビットといっていい6502に16ビットの処理機能、24ビットのアドレシングなどを強化した8+16ビット版です。有力な8ビットコアには、例えばZ80にも8051にもそのような「16ビット」拡張バージョンが存在します。しかし、どれも大ヒットはしていません。この6502の16ビット拡張も別に悪い拡張じゃないとは思うのですが。

ここWDCの「特長」として、以下を引用したいと思います。家元、と呼ばせていただいた所以です。

WDC provides the CMOS 65xx Microprocessor family of GDSII Hard Cores and Verilog RTL Soft Cores which have been proven in high volume production of our standard product line. WDC has licensed 60+ companies worldwide on our microprocessors.

いわゆるIP(Intellectual Property Right)として、W65C02Sなどの設計を売ってくれる、ということですね。立場的にはArm社と同じです。GDSIIというのは、LSIのレイアウト設計のデータベースです。これがあれば、相応なプロセスのある製造会社にお金さえ出せば、チップを作ってもらうことができます。Verilog RTLというのは、言語記述された論理的なモデルで、これさえあれば、LSIと言わず、FPGA上に書き込んで使うことも可能です。

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