鳥なき里のマイコン屋(2) ARMにする, ARMじゃない?

スマホやタブレット向けのSoCプロセッサではARMが世界を征服したような状況です。よりローエンドな組み込み向けのMCU業界でも「ARMにあらずんばマイコンにあらず」的世界は変わりません。ARMの存在感は強まるばかりに見えます。そんな中、数多い(といっても大分淘汰されてしまいましたが)MCU屋さんが今どんな感じでARMに向き合っているのか、勝手に観察してみよう、と思い立ちました。本日取り上げさせていただくのは以下にリンクを貼り付けてある3社です。

microchip

Holtek

NXP Semiconductors

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まずは米国代表として取り上げるのは PICマイコン でおなじみのmicrochip社です。この会社は、歴史の長いMCUメーカが多い中では比較的後発な会社です。4ビットの時代から半世紀ほどの歴史がある中で、microchipが業界に参入したのは、既に世の中が32ビットへ動いている最中でした。これからやるなら32ビットでなければ、という時代に敢えて8ビットで参入してきたのでした。そして半導体屋はそのネイチャーとしてどうしても「数が出るアプリ」ばかりを狙う習性なのですが、初期のこの会社は、ホビーとか実験とか試作とか、数とは無縁に見えるロングテールのすそ野の方から攻めていきます。そのころ凋落したとは言えそこそこの存在感がまだあった日本のMCU屋の多くがお手並み拝見的な態度でいるうちに、microchipはちゃくちゃくと市場を制覇していき、押しも押されぬMCUベンダに成長してしまいます。量産のことばかり考えていて、新たなアプリケーションに対する実験とか試作とかサポートしないでいると、MCUビジネスはいずれジリ貧になっちゃうよ、というと言い過ぎでしょうか。その後、microchip社は8ビットから16ビット、32ビットへと「世間並」にラインナップを増やしていきますが、昔は自社開発のコア使用前提のポリシーだったように思います。

最近は32ビットでもかっての8ビット並みに小さな装置が作れるうえ、ソフトウエア開発の面でLinuxなどのOSやツール、ミドルウエアなどが充実している32ビットが圧倒的に有利です。PICマイコンの牙城ともいえた、ホビーや実験、試作などもこのごろは32ビットの受けが良いと感じられます。8ビットなどはメンドイといって敬遠する人もいるみたいです。それへの対応もあったのかどうか。microchip社は、同業MCUメーカでもあるAtmel社を買収し、32ビット系の製品群を大きく変えてきました。Atmel起源のARMコアのMCUラインをメインに据えてきた感じなのです。ARMが居ない8ビット16ビットは自社のPIC系コアとAtmel由来の8ビットコアを2本立てで販売しているようです(ひっそりと片隅にレガシー8051コアもいるのを見つけました)。32ビットでも自社の看板であるPICの名を冠したシリーズはあるのですが、どうもARMコアのシリーズの方が充実している感じです。ただ、良く読めばARMコアと分かるのですが、ARM、ARMと言い立てないところにPICのメンツを感じてしまうのですが、勘ぐりすぎでしょうか。

次は台湾のHoltek社です。台湾でプロセッサというとどうしてもスマホ向けのSoCプロセッサ(勿論コアはARM)をやっているMediaTek社に目が行きがちですが、組み込み向けのROM/RAMつんだMCUではHoltek社が老舗的な位置にいるんじゃないかと思います。今や電子機器の製造では世界のヘッドクォーターと言える台湾なので、そこに使われている筈のHoltek社のMCU製品ラインはとても「分厚い」感じです。かっての日本のMCU群を思い出させ、ちょっとセンチメンタルな気持ちになるくらい。しかし、ここでもARMです。Webに並んでいる製品ラインを見るに、Holtek社は32ビットが必要なところはARM、8ビットなどのローエンドのラインは自社という割り切りのように見えます。ただ、つい目がいってしまったのは「8ビットMCUのレジェンド」というべきかレガシー8051コアがHoltek製品ラインの末尾に「居た」ことでした。しぶとく生き残っているようです。ご存知ない方のためにちょっと説明しておくと、8051というのは、8ビットのMCUの大ヒット作です。登場したのは1970年代の終わり、ざっと40年以上の歴史があります。「生みの親」はインテルです。しかし、インテルにはもっとお金を稼げる兄弟が沢山いたので、可哀そうに8051は「里子」にだされてしまいます。この8051を大きく育てた「育ての親」はオランダのフィリップス社でした。結局、8051の権利はあちこちの会社が持っているようなのですが、フィリップス社こそ、8051にいろいろな強化を加え、多分ARM以前の時代に、もっとも広く使われるようなMCUにした立役者だったのです。ただ、今では8051はレガシー扱い、まだまだ現役なのか、それとも退役寸前なのか、これはこれで探ってみるべきテーマかもしれません。

さて3番目のNXPは、そのフィリップス社の半導体部門をルーツに持ちます。ですから、8ビットMCU8051はかつての主力だった筈。また、もともと欧州地盤の会社ですからARMコアも当然手掛けてきています。しかし、NXPには忘れちゃいけないもう一つのルーツがあるのです。後から合流した形になったフリースケールセミコンダクタです。フリースケールの起源は米国モトローラ社の半導体部門です。老舗も老舗、インテルの80系対モトローラの68系という対決がマイコン業界の創生期を作ったのでした。その流れをひき、フリースケール社は、68系の流れをくむMCUを持っていました。それだけでなく、32ビット以上のプロセッサも多数抱えていました。初期のAppleマッキントッシュはモトローラの68000(68Kと書くことが多い)をCPUにしていましたが、68Kの進歩が遅いのに業を煮やしたApple社がCPUを変更すると言い出したとき(後に再度変更してインテル製になるのですが)、内側はIBM、外側はモトローラ88K(今では消滅だと思います。また別なプロセッサ)という妥協でPowerPCが作られました。その流れだと思いますが、最上位には64ビット化されたPowerアーキテクチャがあります。また68KをRISC化したという触れ込みのColdFireが、32ビットクラスのMCUに使われていました。さらにフリースケール社はARMコアのアプリケーションプロセッサをも抱えていたのです。この2社が一緒になった結果、8、16ビットのMCUは旧フリースケールの68系をルーツとし、大幅改良を加えられた系統が主流となったようです。可哀そうにフィリップス以来の8051系は片隅に追いやられてしまったようです。まだ一応生きているようです。そして32ビットMCUはというと、NXP系と思われるARMコア製品が幅を利かせ、フリースケール系のColdFireラインは冷や飯を食っている感じに見えるのですが、どうなんでしょうか。一方、Powerアーキテクチャは使い道がスパコンなどに限られるのでMCUとは別世界か離れ小島。なお、68Kの後継機種もこれはこれでしぶとく残っているのですが、ColdFire系の片隅にひっそりと置かれています。

3社3様ですが、32ビットMCUに関してはARM系が主流、という結論です。ARM系を採用すると、ARMのどのコアを採用し、どう味付けするか程度の差は付けられるものの、同業他社との差別化はARMコア以外のところに求めないとならないでしょう。次回以降、その辺の差別化の具合を調べて行きたいと思います。一方、そこかしこに隠れている「レガシー」8051の行方も気になりますが、これはARMとは分けて調べてみたいです。この先「フォーク」する予定。

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