連載小説 第116回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。米国現地法人のSS-Systemsを経て、今はミュンヘンにあるヨーロッパ現地法人のEdison Europe Electronics GmbHに勤務しています。世界中で携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合され、更に大忙し。でも、携帯電話ってジェットコースターみたいなビジネスでした。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第116話 車載向けビジネス

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の19年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。アメリカの現地法人SS-Systemsを経て、ヨーロッパの現法Edison Europe Electronics GmbHへ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんと産まれたばかりのベイビーと暮らしています。携帯電話向け電子部品は飛ぶように売れましたが、同時に大量の在庫も産んでしまうリスクを抱えていました。

 

「舞衣子、お子ちゃまは順調に育ってるかい?」

トム君が話しかけてきました。

「うん、良かったよ、すくすくと育ってくれて。トム君ちは?」

「うちの子もすくすくで有り難いよ」

たまたま、私の子とトム君の子は同じ10月3日統一記念日に産まれました。同年生どころか、誕生日が一緒です。

「ところでさあ、舞衣子、この前のS社とP社の在庫処理ってもう終わったの?」

「うん、ようやくだね。私、産休開けて復帰して最初の仕事がこれだもんね。ちょっとキツいよね」

「そっか。でも、舞衣子が戻ってきてくれて助かったよ。イレギュラーな仕事だから、なかなか処理が難しくてさ」

「ま、こういうのは日本との調整も簡単じゃないしね」

「ああ」

我々は携帯電話向けのビジネスで売上げを大きく伸ばしましたが、数量変動が多いため、同時に在庫発生のリスクがありました。時には、かなりの金額に及ぶ在庫処理をしなければならない事もあったのです。

「ねえ、トム君、うちの仕事ってもう少しアプリケーションを分散できないのかなあ?こんなに携帯電話に偏ってたらリスクが大きくて心配だよ」

「そうだよなあ。まあ、それは以前から分かっていたんだけど、急激に携帯電話市場が伸びちゃったから、比重はそっちへ一気に傾いちゃったよ」

「他のアプリだったら車とか?」

「ああ、携帯の次に重要なのは車だよな」

「車載用がもっと増えればいいのにね」

「ああ」

とはいえ、車載用の電子部品はデザインインするのにとても長い時間がかかります。それは、携帯電話や家電などと違って、車は安全性が命ですから、とても厳しい品質管理を求められるためです。我々の電子部品でいえば、車のインパネやオーディオ機器などに使用される液晶表示体を駆動するLCDドライバーが売上げを伸ばしていました。

今では、カラー液晶を使ったカーナビなどの表示が重要なユーザーインターフェースになっていますが、その当時はまだカーナビが出回っておらず、白黒の液晶表示がメインの時代です。かなりローテクなのですが、安定性、安全性を重視する車業界にとっては長期に渡って必要なテクノロジーでした。

ご存知の通り、ヨーロッパには車のメーカーが沢山あります。特にドイツのメーカーは品質も高く、世界一と見なされていました。ベンツ、BMW、アウディが高級車の基本で、アウディを傘下に持つフォルクスワーゲンが世界シェアNo.1だった頃です。

日本車も品質が高まり、トヨタ、日産、ホンダなども伸びていましたが、まだまだドイツ車には叶わないという評価でした。また、アメリカではGM、フォード、クライスラーが3大メーカーで、自国内需要が大きいためにかなりの台数を作っていましたが、品質がドイツには遠く及ばず、日本の品質管理にも負けている状態になっていました。

昨今は、かなり世界の勢力図が変わり、電気自動車がガソリン車に取って代わろうとしています。アメリカのテスラや中国のBYD等が大きく台頭していきそうです。ドイツと日本はどうなっていくのかと少々心配ではあります。

我々は車のメーカーと直接に取引をする訳ではなく、車の電装部品を作るメーカーとのお付き合いになります。それはBoschとかContinentalといった業界では有名どころで、Tier1(ティア・ワン)と呼ばれるメーカーです。日本で言えば、我々がトヨタと直接ビジネスをするのではなく、トヨタへ電装部品を納入するデンソーやアイシンといったメーカーに対して電子部品を納入するという事です。

「ねえねえ、トム君」

「はいはい、舞衣子さま」

私はトム君に聞いてみました。

「車載向けのビジネスって言っても、LCDドライバーのICが売れてるだけでしょ?」

「ああ」

「もっと他にもないの、車載用に売れるIC?」

「ううん、そこが問題なんだよなあ」

「車載用は数量も安定しているし、携帯みたいな浮き沈みもないわけでしょ」

「そうなんだよ。ジェットコースターじゃないビジネスっていいよな」

「だったら、もっと車載に力を入れたら?

「そこだよなあ。表示用の半導体くらいしか、うちのテクノロジーじゃ作れないんだよなあ」

「制御用のICとかは無理?」

「それこそ、命にかかわる部分だからな」

「品質だったら、うちだってそんなに悪くないんじゃないの?」

「まあ、そうだけど、制御用は高性能のCPUを求められるから、ちょっとうちのテクノロジーだと厳しいかも」

「マイコンじゃダメ?」

「どうだろう」

「私、4ビットだったら、結構売った実績あるよ」

「そりゃ分かってるよ。でも、随分前の事だし、ゲームや家電だろ」

「まあね」

「半導体事業部の方針に合ってるかどうかっていうと、難しいだろうなあ」

「ふうん、諦めるんだあ、トム君

「いやや、諦めるとかそういうんじゃないけど、現実的かどうかを考えないとな」

「へえ、そうやって何の提案もしないで終わっちゃうんだ、トム君

「いややや、事業部とよく話してみないとな」

「へえええ、分かったわ。結局、何もしないんだね、トム君

「いややややや・・・・」

私も、よくよく考えて発言している訳ではありませんでしたが、何となくその頃のビジネスは、たまたま使って貰えたというだけで成り立っているように思えて、事業主体で仕掛ける事ができていないように感じていました。

その何となくの感じが、将来の栄枯盛衰を予見していたように思います。

まだまだ、携帯電話で大騒ぎしていた頃でしたが、もうその時には、サイコーエジソン株式会社半導体事業部のピークまであと数年と迫っていたのでした。

 

 

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