連載小説 第141回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、日本勤務中。電子デバイス業界の勢力図は大きく変化していきました。台湾や韓国などの新興国が台頭してきたからです。我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)、そして日本の産業はどうなっていくのでしょうか。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第141話 トム君のお悩み

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の22年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て日本勤務中。家族はラブラブですよ。うふっ。世界はITバブルの真っ盛り。半導体の売上げもサイコー!だったのですが、20世紀と21世紀あたりを境にして状況は変化していきました。

 

2002年になりました。

サイコーエジソン株式会社は、通常1230日から14日までお正月休みとなります。この年は15日と6日が土日だったので、いつもより長いお休みになりました。

私は倫ちゃんと子どもと、それぞれの実家へ行ったり、家で子どもと遊んだり、ゴロゴロしたりして過ごしていました。この年は特に遠くへはお出かけしなかったので、このまま「食っちゃ寝生活」をしていると、まずい事が起きてしまうかも知れないと思い始めました。そうです、体重の増加です(笑)。それと、ゆっくりし過ぎて、段々じっとしていられなくなってきたので、そろそろ仕事になるのもいいかなと思い始めたところで休暇日は終了しました。

1月7日(月)仕事始めです。

「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」 というような定番の挨拶がそこかしこで聞こえてきます。私も海外営業部の皆さんとそんな挨拶を交わしながら席につき、PCを開いて、ウォーミングアップを開始します。

定時になると、恒例によって、部門毎に年初の朝礼が行われます。部長の挨拶のあと、進行役の課長が、「それでは今年の年男、年女の方、お願いします」 というような促しがあって、該当する人は年初の手締めの音頭を取る事になります。仕事納めの時にも同じような事をするので、昨年の年女は誰? 今年の年女は誰? というような事が一瞬にして知れ渡る事になります。つまり、24歳なのか36歳なのか48歳なのかがバレるという事でもあります。

人によっては全然気にしないかも知れませんが、人によっては気にする事もあるのではないかといつもヒヤヒヤしていました。現代の世の中的には、個人情報なので、そのような風習はなくなっているのではないかと思いますが、その頃の会社は大体そんな感じでした。昭和の雰囲気ですよねえ。もう平成も14年でしたが(笑)

その日のお昼休みに、私はトム君に内線をかけました。そうです、同期3人の忘年会の時にトム君と工作君とまた会おうと約束した新年会の段取りをしようと思ったからです。それぞれ、何も新たな予定が入らなければ、仕事始めのこの日に新年会をしようと言っていたのでした。

これも昭和あるあるなのかと思いますが、サイコーエジソン株式会社では、仕事始めの日は定時よりも少し早く業務時間が終了します。職場で新年会をする機会が多かった時代に、仕事始めの日は早く終わるようにするので、どうぞ行ってらっしゃい的な名残だったのではないかと思います。

「もしもし、トムく~ん?」

「あ、すみません。富夢課長は今日はいらっしゃらなくて」

「あら、ごめんなさい」

やっちゃいました。てっきり本人が出たと思ったので(笑)

電話に出たのは課の女性で、今日はお休みしているとの事でした。理由は分からないとの事。おいおい、いきなり年明けからお休みって、どうしたのかなあ。それに、新年会やるって言ってたじゃん、と思ったのですが、それ以上は分からないまま、電話を切りました。

昼休みが終わってバタバタし始め、仕事始めの一日はなんだかんだ慌ただしく過ぎてしまったので、夕方、工作君にも連絡して、その日は普通に帰宅する事になりました。せっかく、倫ちゃんに今日はお子ちゃまのお世話をお願いしていたのにねえ。

しかし、その頃、トム君は結構大変な状況に直面していたそうです。

私は帰宅後、ちょっと気になってトム君の携帯に電話をしてみました。もしかして、体調崩しているんじゃないかとか、心配してたんですが、果たしてトム君は電話に出るなり言いました。

「舞衣子、ごめん」

「どうしたのよ、体調悪いの? 休みって聞いたけど」

「いや体調はいいんだけど、ちょっと問題が起こって、連絡が遅くなった」

「え?」

「おふくろが急に入院する事になっちゃって」

「え、そうなの? 大丈夫?」

「うん、今は落ち着いてはいるんだけど、夕べ急に調子悪くなっちゃってさ」

「うん、それで?」

「がたがた震えだして、寒い寒いって言うんだよ」

「で?」

「これはヤバいかも知れないと思って救急車を呼んでさ」

「うん」

N医大付属病院に行って貰ったんだ」

「それで?」

「ちょっと時間はかかったんだけど、色々調べてもらって、結局、肺炎を起こしていて少々心配な状態だっていうんだよ」

「そうなの」

「で、そのまま入院で、家へ帰ったら朝だったって訳なんだ」

「そうだったの・・・」

トム君のお母さんは心臓疾患の持病があり、ここ数年は入退院を繰り返していたのでした。

私の両親も倫ちゃんにご両親もいまだに健在ですが、我々の年代になってくると、次第に親の健康問題が起こってきます。多くの場合、自分の両親と配偶者の両親と、4回そのような状況に直面し、そのたび毎に、辛い想いをしたり、経済的な問題を抱えたり、様々な困難が訪れる事になります。

果たして、トム君のお母さんはそのまま退院できる事なく、3週間後には帰らぬ人になってしまいました。

 

 

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